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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)10774号 判決 1969年2月27日

原告 富田滋

右訴訟代理人弁護士 小玉聰明

被告 株式会社住友銀行

右訴訟代理人弁護士 山根篤

他五名

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、双方の申立

一、原告

(一)  被告は原告に対し、金二〇万円及びこれに対する昭和四三年六月二一日から支払ずみにいたるまで年六分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告

(一)  主文同旨

第二、原告の請求原因

一、原告は、訴外ミラテス株式会社(以下訴外会社という。)に対する金一〇〇万円の約束手形金債権に基き、東京地方裁判所昭和四三年(ル)第三〇七八号、同年(ヲ)第三四三九号をもって訴外会社が有限会社城西ネクタイに対する東京地方裁判所昭和四三年(ロ)第一三五〇号債権転付命令によって取得した被告に対する手形不渡異議申立預託金返還請求権金二〇万円の差押ならびに取立命令の申請をなし、同裁判所より同年六月一八日右債権差押及び取立命令が発せられ、右決定は、訴外会社及び被告に対して同年六月二〇日送達された。

二、よって原告は被告に対し、右取立権に基き右金二〇万円及びこれに対する昭和四三年六月二一日から支払ずみにいたるまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、請求原因に対する被告の答弁ならびに抗弁

一、答弁

請求原因事実中、原告主張の決定正本が訴外会社に送達されたことは不知、その余の事実は認める。

二、抗弁

手形債務者有限会社城西ネクタイが手形の不渡による取引停止処分を免れるため、被告銀行をして社団法人東京銀行協会に異議申立提供金を提供させるにつき被告銀行に預託した異議申立預託金返還請求権の弁済期は、右異議申立預託金と別個の債権である異議申立提供金(債権者は異議申立銀行である被告、債務者は社団法人東京銀行協会)が被告銀行に返還されたときに到来するものである。従って右異議申立提供金が被告に返還されない以上原告の請求に応ずることはできない。

第四、抗弁に対する原告の答弁ならびに再抗弁

一、答弁

被告の弁済期末到来の主張は争う。

二、再抗弁

(一)  仮りに被告主張の約定があり、異議申立提供金返還請求権と異議申立預託金返還請求権が法律上別個の債権であるとの被告の主張が正しいとしても、本件のように預託金返還請求権に転付命令が発せられ、更に取立命令が発せられた場合には、異議申立預託金の履行期は到来したものというべく、従って被告はこれを返還すべき義務がある。

(二)  又東京手形交換規則第二一条第三項に関する手形不渡届の通知方式と異議申立事務等取扱要領によれば、「異議申立銀行は、事故未解消のままであるが取引停止処分を受けるもやむを得ないものとして提供金の返還を請求する場合」の規定があり、これに該当する具体的事由として、(イ)銀行独自の判断で銀行協会に異議申立提供金の返還を求める場合、(ロ)手形支払義務者が自己の事由に基づき不渡を覚悟の上で銀行に対し預託金の返還を請求し、銀行が支払義務者の申立に従い銀行協会に異議申立提供金の返還を請求する場合があるが、右(ロ)の場合には異議申立預託金の返還請求は全く手形支払義務者の任意の意思にかかっている。従って原告が取立命令を得、これに基いて支払を求めた以上、被告は直ちに異議申立預託金を支払う義務がある。

第五、再抗弁に対する被告の答弁

一、原告主張の取扱要領に原告主張の規定があることは認めるが、その余の主張は争う。

第六、証拠<省略>

理由

一、原告の請求原因事実中、債権差押ならびに取立命令が訴外会社に送達されたことを除くその余の事実は当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、昭和四三年七月六日債権差押ならびに取立命令が訴外会社に送達された事実が認められる。

ところで手形不渡異議申立預託金返還請求権は、預託金員がそのまま返還されるものであるから券面額を有するものというべく、これが譲渡、差押が許されないと解すべき事情について何等の主張立証がないから、前叙の債権差押、転付命令及びこれを前提としてなされた債権差押、取立命令によって、原告は本件異議申立預託金返還請求権の取立権を取得したものというべきである。

二、そこで被告の抗弁について判断する。

<証拠>を総合すると次の事実が認められる。

東京手形交換所の手形交換に持出された手形が不渡りとなったときは、その手形の支払義務者は取引停止処分を免れるため、支払銀行に対し手形交換所に異議申立手続をとることを依頼し、不渡手形金同額の金員を預託する。右依頼をうけた銀行は、手形支払義務者の信用に関せざるものと認め、所定の時限までに不渡手形金に相当する現金を自己の名で手形交換所に提供し、異議申立をすることができ、これがなされたときは取引停止処分が猶予される。従って、異議申立預託金返還請求権の債権者は手形支払義務者異議申立提供金返還請求権の債権者は提供銀行であり、両者の債権は別個である。そして前者の預託金は、後者の提供金が銀行に返還されたときに始めて支払われる約定であるところ、本件異議申立預託金は、右手続のためなされたものであって、その支払期に関し、右約定が付されている。

他に右認定を妨げる証拠はない。

従って被告の抗弁は理由がある。

三、原告は、異議申立預託金返還請求権に転付命令が発せられ、更に取立命令が発せられたときは返還義務が生ずる旨主張するけれども、転付命令及び取立命令といえども債権の内容を変更するものではないから、右命令があったからといって直ちに前叙の弁済期に関する約定が変更されるものということはできず、原告の右主張は理由がない。

四、又原告は、異議申立預託金返還請求権の履行期は、その性質上手形支払義務者の意思によって変更し得るものであるから、その取立権を取得した原告が支払を求めた以上直ちに支払う義務があると主張する。

(一)  原告主張の異議申立事務等取扱要領には、異議申立提供金の返還は、「事故未解消のままではあるが、取引停止処分を受けるもやむを得ないものとして提供金の返還請求する場合」にもなされる旨の規定があることは当事者間に争いがない。

ところで前叙のとおり被告銀行が異議申立をなしたのは、手形支払義務者の依頼に基くものであり、異議申立の撤回によって不利益を蒙るのは手形支払義務者であって、被告銀行は何等の不利益を受けるものではなく、民法第六五一条の規定に徴しても、手形支払義務者は、取引停止処分を受忍さえすればいつでも右依頼を解約することができるものと解するのが相当である。そして右解約がなされたときは、被告銀行は直ちに異議申立提供金の還付を請求し、これが還付されたときは直ちに異議申立預託金を返還すべき義務を負うものと解する。

(二)  そこで原告の有する本件異議申立預託金返還請求権の取立権に基き、手形支払義務者が有する前記の解約権を行使し得るかどうかにつき検討する。

本件異議申立預託金は、前叙のとおり手形支払義務者が被告銀行に対して異議申立手続を依頼し、被告銀行が異議申立をなすについて銀行協会に提供すべき金員の資金として預託したものであるからその返還請求権は右異議申立手続委託契約から発生したものということはできるけれども、右委託契約の目的である異議申立は、手形支払義務者にとっては取引停止処分の猶予という重大な効果をもたらすものであるから、単に右委託契約から付随的に発生した異議申立預託金返還請求権をもっては、右契約の目的そのものを消滅させる。(解約権を行使する)ことは許されないものと解する(<証拠>によれば、異議申立提供金は、(イ)事故解消した場合、(ロ)別口の不渡発生により取引停止処分に付された場合、(ハ)異議申立の日より三年経過した場合にも返還されることが認められるので取立権者は右事由の発生により取立可能となるので、取立権者に委託契約の解約権を認めないからといって、その不利益は重大なるものではない。)。従って、原告が本件異議申立預託金返還請求権の取立命令を得ても、これによって手形支払義務者の有する委託契約そのものの解約権を取得する理由はなく、他に原告の右取立権に基きこれを行使し得ることを認めるに足る理由は見出せない。又他に本件異議申立預託金返還請求権の履行期が到来した事実については何等の主張立証がないから、原告の右主張は理由がない。<以下省略>。

(裁判官 菅原敏彦)

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